世の中なんていうのは、悲しい世界を私が悲しむために悲しくあるのだ。走って跳んで転んで逃げても、目を瞑っても、やっばり世界の中心は私だった。私の立つここが、すなわち世界の起点で支点で終点。走っても走っても、逃れられない。ハイヒールをがりがりすり減らしても、私のことをもう好きじゃない誰かさんの袖に、闇雲に手を伸ばしてみても。
みぞれ雪に濡れた煉瓦通りは観測史上類を見ない滑りやすさで、ハイヒールは盛大に横滑りした。私史上最高に、すべって、いた今日の私は、ああもうこのくそ!ぜってぇヒールの塗装剥げたよ!気に入ってたのに!と胸の内で叫び、それでも止まらない。走る。街はイルミネーションと恋人と家族と甘ったるい匂いに満ち満ちて、そのあたりの何もかもをついさっき失った28歳独身OLの私にも美しくて悲しい。
どうせ奴には28歳の別に何の取り柄もなく、人より一応劣っていないというただその一点の理由のみでなんとかやってきた女を捨てる意味なんかわかっていないのだ。
だって!もう!一年と半年!なのに!三十路まで!
誕生日までのカウントダウンはいつからか歳を取ること、そのものへのカウントダウンになった。三十路が過ぎたら次は四十。その次は五十。その次は?たぶんおんなじことだ。だって、わたし、後ろ向きだもの。
ハイヒールはカツカツなんてもんじゃなく、煉瓦をガッガッと抉りにかかっている。濡れたようなつやつやの黒のパンプス。太いヒールが私の背筋をしゃんとさせ、破壊神と化した私の二本足をしっかりと前へ向かわせる。
硝子の靴を履かせてくれる魔法使いを待ってたけれど、もうそんなのじゃ駄目だ。そんな華奢な靴じゃ、地面とのファーストインパクトであっという間に粉微塵、私の足の裏は大惨事になるだろう。
黒くてつやつやのパンプス。かかとは凶器にもなる私の黒い靴。夢でも希望でもないここで、私の世界で、あらゆるきれいなきたない汚れた美しいものを踏みつけ、蹴散らし、かかとをすり減らして、私を走らせて。
ちょっと増えた。ぶつ切り。
最近のコメント